50歳を前に1年無職になった。周りの反応と気づいたこと。

昨年春に無職になることを決めました。

理由についてはこちらの記事に書いています。↓

50歳を前に自ら1年無職になった。その理由と口実

今回は、私が『無職』を宣言したときの周りの反応について書きます。

加えて、1年の間に改めて気づいたことも書きます。

1年間『無職』。つまり私の場合、専業主婦になるということでした。まず、こんなことをする人は少数派であることを実感。なので、自分で思っているより結構大きな決断かもしれないです。

また、この1年が非常に充実していたためもっと早くに『無職』を決断できたらよかったな、と悔やみました。少数派になるのが怖かったからかなとも思っています。

ただ、どうするのがが正解というのはありません。自分の人生ですから。所詮、何事もやってみないとわからないです。

離職したいと考えている人の中には周囲の反応が気になる人もいるかもしれませんね。

私の経験は一例に過ぎませんが、心構えの参考になればと思います。

全面肯定したのは「母」だけだった

「いいことね。ゆっくりしたらいい。子供も喜ぶよ」

という全面肯定の反応は義母と実母だけでした。

子供が小さい時は近くにいる義母がよく手伝ってくれていましたが、その義母が「子供らを見ていると、やっぱりお母さんが一番というのがわかる。それがいい」という言葉にはグッと心に刺さりました。

私自身、仕事で子育て支援に携わらせていただいたこともあり学びも多いので、親の愛情は一緒にいる時間の長さだけではないということも承知です。

もしかしたら義母は「忙しくて余裕のないいつもイライラしている私」のことを知っていたのかもしれません。

同世代や同じお母さんたちはちょっと肯定しながらも、様々な反応がありました。主なものを3つ紹介します。

ひとつは、妙にうらやましがる。

「時間があっていいね」「お金があっていいね」という2タイプ。

実のところは時間はあるけどお金に余裕はない(悲)のですが、外から見るだけでは家庭内のお財布事情もわからないのは当然ですね(^_^;)

もうひとつは、「毎日何するの?」と妙に不思議がる

これを聞かれると少し困ってしまいます。何故か「仕事っぽいことを答えなきゃ!」という衝動に駆られてしまうからです(^_^;)

「今後のことを考えたい」とか「何かスキルを身に着けたい」など未来に向けてやりたいことはいろいろありますが、具体的な予定がないので「ゆっくりする」「何もしない」「家事」という応えに落ち着きました。

面白いことに、そう応えるとさらに不思議がられるということもしばしば(笑)

3つ目は「仕事はもうしないの?」と妙に迫ってくる。

これも未定なのですよね。

辞めるときに迫られても困ってしまう

『働かないと家計がギリギリ状態』というのは事実ですが、いつ仕事をどうするかまでまだ決めていないので「わかりません」という応えに落ち着きました。

「働かないとやっていけないから働くけどね··」なんて応えようもんなら「いつから?」「どこで?」「なんの仕事?」とさらに質問攻めにあうので注意深く応えます(^_^;)

女性の仕事に対する意識の変化を実感

私が子供の頃は専業主婦も多かったです。近所に遊びに行っても友達のお母さんが家にいつもいた記憶は結構あります。

義母や実母は自分が専業主婦だったかどうかというよりも、そのような時代に子育てをしていたために考え方や捉え方が昔の時代のままなのかもしれません。

その頃から共働きの家族はずいぶん増えました。

資料出所総務省「労働力調査特別調査」、総務省「労働力調査(詳細集計)」注1「専業主婦世帯」は、夫が非農林業雇用者で妻が非就業者(非労働力人口及び完全失業者)の世帯。2018年以降は、厚生労働省「厚生労働白書」、内閣府「男女共同参画白書」に倣い夫が非農林業雇用者で妻が非就業者(非労働力人口及び失業者)の世帯。注2「共働き世帯」は、夫婦ともに非農林業雇用者の世帯。  注32011年は岩手県、宮城県及び福島県を除く全国の結果。注42013年~2016年は、2015年国勢調査基準のベンチマーク人口に基づく時系列用接続数値。

グラフは高齢者や夫婦のみの世帯も含まれるので子育て世代だけではありません。が専業主婦が減少していることは明らかでしょう。

主な社会的背景といわれているものには、経済的理由や女性の社会進出、子供の教育費の増加、非正規雇用の整備などがあります。

今や私が住む田舎の地域には「専業主婦の若嫁は一人もいない」と言っても過言ではありません。皆、何かしら仕事をしています。

働く時間が長くなればなるほど、家事に子育てに本当に身も心もギリギリの状態になります。家事や子育ての大変さはさほど変わらないのに拘束時間が長くなるから、家事に当てられる時間に余裕が持てなくなります。

少なくなった家事時間をあの手この手で短縮しようとしますよね。効率を上げるための工夫をしたり、機械を使ったり。

全部完璧にやろうとすると身も心ももちません。

そんな悲惨な状態になりながら、なぜか「働かないのが悪いような気になってしまう」ということが常にありました。

産後まもなく周りの雰囲気に急き立てられるように働き出しました。「仕事は?」「いつから?」と言ってくる。(その言葉に悪気も深い意味もないのだが・・)

同調圧力のようなものが自分にはあったかもしれないと、今は思います。「周りも働いている人ばかりだから家にいるのって遊んでいるみたいに見えるかも」と。

遊んでいるのって決して悪いことではないけどね。まあ遊んでいるわけではないし。複雑だな・・

家では暇を持て余す人が多い!?

「休みの日は何してる?」と聞かれたことがありませんか?

「この前の日曜はどう過ごした?」ではなくて普段の様子を聞く。

この質問も一瞬何か答えなきゃという衝動にかられてしまう😂

何も特別なことをしていないと応えるのに四苦八苦。

無職になってからは「休みに何してる?」ではなくて「毎日何してる?」に変わりました。

これも応えるのが難しい~(T_T)

考えすぎじゃない!?

そうかもね。でも”聞いてくれなくてよいです🙏”と心の中でつぶやく

「何故聞くのかな」と思っていろいろ観察していると、「家にいてもやることが無い」という人が意外に多いことに気が付きます。

確かに家事は大変といへども1日8時間ずっと掃除や洗濯、料理をしているわけではありません。なるほど、やるべきことは数時間内でおわってしまいます。

私は暇をもてあますことなく毎日すぐ時間が経ってしまうわけですが、それを一言で説明することはなかなか難しいです。家事に銀行用事に趣味に勉強に···。

結局「何もしてないよ」、1年この返答で切り抜けました。

子供の大学までを考えている人が思っていたより多かった

「うらやましい~私も仕事やめたいなあ」という人に「やめちゃえば?」と言うと「大学費用がいるから無理無理!!」という返事を何度も聞きました。

確かに大学までの費用の算出データがニュースに出たり、小学校から大学を意識して勉強していくという話は珍しいことではありませんね。

私が驚いた点は、

私立の中学校も市に一つしかない、大学もないこの田舎で、「大学で必要なお金のために嫌でも仕事は変えられない辞められない」という考えを多くの人が持っている、

ということでした。

本当に大学へ行く子供が増えたのだなと今更ながら実感。

私もなんの疑いもなく大学まで子供が通うことを考えていた時期がありましたが、今では何百万円も払って4年をそこで過ごす価値はどのくらいあるのだろうかと疑問に感じています。否定ではありません。

2020年12月に文科省が公表したデータでは大学進学率が54.4%(2020年度)。昔ほど大卒が珍しい時代ではないです。大学卒業という学歴だけが持つ価値は確実になくなっていくと思います。大学に行っても行かなくても個人が何をするかがよりフォーカスされるようになると以前からいわれていますね。

ネットでいろんな情報が発信されているので、世の中少しずつそんな風潮になっているのかな、と私は思っていましたが、まだまだ大学信仰?のような風潮が少なからずあることがわかりました。

逆に田舎だかかもしれません。身近にベンチャー企業も少ないし、色んな人材に会う機会も都会に比べたら圧倒的に少ないですから。あくまでも推測です。

ここは地方の田舎なので、特にお金がかかります。学費の他に生活費がきつい。家から通える人との出費の差を考えると正直アホらしくさえなります。

大学は社会人になってからでも入れるし、ネットが発達した今は大学以外の選択肢も多くあります。やり直しもききます。

友人がヘトヘトになりながらも仕事と家庭を両立して「子供の大学資金のためだから」と言っているのを見ると、「倒れたら話にならないからやめて。自分のためにお金使ってよ」とつい言ってしまいます。

すると「子供が望んだら行かせたいから」と悲痛な声で返答。

確かに子供が望んだらなんとかして行かせたいと思うのが親心。それは私も同感ではありますが・・。

補足;我が家の場合

かくいう私も、出産後は大学までの費用を考えると頭が痛くなることが続いていました。私がパートをしていても、その少しの貯金ではかなり厳しいです。

そんな時、夫のひとことでめちゃくちゃラクになりました。

それは、

「高校までは面倒みる。大学行きたいなら自分で行け」

つまり、大学の費用は自分でなんとかしろと。

うわっ、極論過ぎ、めちゃくちゃやなあ、と思ったわね。

しかしその後、要は高校卒業したら、親の金で大学行くこと一択ではない、大学以外の選択肢もたくさんあるよ、ということが言いたかったのだと理解しました。

奨学金や社会人学生、夜間。防衛大学なら逆に給料をいただける··とか。仕事を始めてもいいわけです。

(ただし、夫自身は親の金で大学に行かせてもらっているので説得力弱いかなと自分で突っ込んでいました(^_^;))

その瞬間スーッと私の肩の荷が降りるのを感じたのを覚えています。めちゃくちゃ楽になりました。

公立であれば高校までなら(お金は)なんとかなりそう!と思ったからです(笑)

じょいころ、結構、単細胞だったのね!?

お金の心配するより子供にどういった支援が必要かをよく考えて実行していくことを優先させるほうがいい、というのが今の考えです。

また、今から子供の大学用のお金の心配するより、自分の人生の心配したほうがよいです。

まとめ

この1年無職になって社会活動量は一旦なくなったわけですが、気付きは多くありました。

何事もこれまでとは違ったことをすると新しく知ることが増えるものです。

無職になった当時読んだ本の中で印象に残っているものがあります。

スタイリストMBさんの

もっと幸せに働こう 持たざる者に贈る新しい仕事術」

時間の使い方についてこんなこと話しています。

何からすればいいかわからない時は1日1時間考える時間に当てる。例えば夜の1時間なんかすぐ過ぎる。

その1時間を机の前に座ってみっちり考える時間にすれば1ヶ月で30時間。1年で300時間以上。

何かやること浮かんでくる。何もないということはない。

浮かんできたらそれを続けると必ず差がついていく。

とにかく考えたらいいんだと言っています。それもひとつの行動だと。優しいメッセージですよね。

「何をしていいかわからない」「何かしたいけど具体的にわからない」と「こんな自分はダメやな」と思ってしまいがち。それは違うということもわかりやすく書いています。

仕事や時間の考え方、捉え方についてとても参考になりました。

興味があるかたはぜひ一度読んでみてください。YouTubeでも情報発信をされています。